料理のバリエーションを100万通り以上にする方法
例えば主婦の方なら「今日の晩ご飯は何にしようかしら?」
飲食店を経営する料理長なら「今月のメニューは何にしようか…」
などと悩む方が多いのではないでしょうか。
書店やコンビニに行けば何十種類もレシピの載った本が売っていますが、それでもせいぜい50種類ほどレパートリーが増えるだけ。何かをよりどころにしてそれをマネするだけでは必ずどこかで限界を迎えます。
実際にこんな話を聞きました。
とあるエスニック料理屋さんでは夜は5品で構成されるコース料理を提供しています。そこの常連さんは週2回以上その店に足を運んでは、決まった注文をするのです
「俺に二度同じ料理を出してくれるな。新しいものが食べたい。」
飲食店にとってリピーターほど大事なものはありません。もしあなたがその店の経営者か料理長だった時にその優良客を一体いつまで手放さずにいられますか?
日々の業務をしながら一人のお客さんのためにアイデアを練れる時間はいかばかりでしょうか。繁盛している店ならほんの数分に過ぎません。しかも、店にある材料を使って「店のコンセプト」に合うコースを組むとなると、補助的に論理的思考に基づいてレシピを組む能力が必要です。
今日はその助けとなるような、強力な知識を紹介します。
料理の構成
まずは、料理がどのようにして成り立っているか考える必要があります。
抽象的なことですが、これを考えるだけでぐっとアイデアは増えるのです。
①異なる食材の掛け合わせ
ある調理工程を、1つ、または、複数の食材に行うことで料理は作られています。
例:肉じゃが(肉とジャガイモなどを出汁で煮る)・キュウリの胡麻和え(胡瓜とゴマを混ぜる)・タコ飯(米とタコを炊く)・野菜炒め(各種野菜を炒める)
このシンプルなルールを応用すれば、食材の掛け合わせを変えて基本レシピに沿って調理するだけで多種多様な料理になります。
例えば、「筑前煮」と「肉じゃが」や、「タコ飯」と「鯛ご飯」は使用する食材が違うだけで調理工程はほとんど一緒ですよね。
具体的に野菜炒めで考えてみましょう。
人参・玉ねぎ・にら・もやし・椎茸があるとして、そこから素材を一つ以上選ぶ組み合わせは
全部でn個からr個(r<=n)選ぶ組み合わせを{n,r}と表記すると
{5,1} + {5,2} + {5,3} + {5,4} + {5,5} = 5 + 10 + 10 + 5 + 1 = 31 通り
そこに豚肉を加えると
{6,1} + {6,2} + {6,3} + {6,4} + {6,5} + {6,6} = 6 + 15 + 20 + 15 + 6 + 1 = 63 通り
にまで増加します。
豚肉を「もち豚」にするか「白金豚」にするかで変化をつければこれらを二倍して「人参炒め、玉ねぎ炒め、にら炒め、もやし炒め、椎茸炒め」の5品の重複を引いた121通りもの料理が完成します。
もちろん、五目野菜炒めから人参を抜いて「これは別の料理です」というのはちょっと無理がありますが、もし、あなたが野菜炒めの作り方を知っているならこれだけの可能性があるのです。
②異なる料理の盛合せ
例えば、オムライス。
チキンライスという料理と半熟卵という料理が組み合わさってできたものです。
この考え方の最たる例にフレンチがあります。
彼らは焼いた肉にソースをかけて食べることが多いです。
クリームソースにトマトソース、デミグラスソースにマデラソース…
これらを子羊のソテーにかけるだけで「子羊のソテー・クリームソース添え」から「子羊のソテー・マデラソース添え」までの4品を作れます。
彼らが使いこなすソースは100種類以上あり、もちろん肉の種類も豊富ですから、「牛肩ロースの~」というようにその部位まで分類すればまた途方もない数の料理が完成するわけです。
①②を組み合わせることで一気にレパートリーの数が発散します。
ちょっと料理が得意な方なら既に1万通り以上つくれるのではないでしょうか?
調理法の三態
しかし100万通りとなると話は別です。
でも多くの人は先ほどの章で「そもそも基本のレシピ自体にバリエーションを持たせられるのでは?」と気づいたかもしれません。
これも先ほどと同様に抽象化して考えると良いです。
普段我々が駆使している調理法を分類してみましょう。
①変形
切る・粉砕する・のばす・ペーストにする・混ぜる…
包丁・マッシャー・めん棒・ミキサー・泡だて器…
私達は、調理器具の数だけ食材に変形操作を加えることができます。
中華包丁のように、一つで切る・叩く・割る・つぶす等、何役もこなしてくれる調理器具もあるから、ここに挙げた以上の微妙な変化をつけることもできそうです。
このような変形操作は、同一の食材の物理的性質を変えることによって、別の料理名を与えることができます。
例えば、牛肉を180℃のフライパンで焼いたものは「ステーキ」ですが、ミンチにして捏ねてから焼けば「ハンバーグ」、腸に詰めれば「ソーセージ」にだってなりそうです。焼いたものをミキサーで粉砕してやれば「パテ」にもなります。
中華料理なんかはもっとわかりやすくて、「切り方+食材名」で料理が変わるほど。
青椒肉絲(チンジャオロース)は細切りにした肉とピーマンを炒めた料理ですが、もしこれが角切りだったら、あるいは、みじん切りだったら…?
もはや別の料理ですよね。
②温度調整
高温にするだけでなく、低温にするのも立派な調理方法の一つです。
加熱に限って言えば、熱源からの距離による分類が可能です。
すぐに思いつくのは、火と食材との間に鍋と水を挟んだ「茹でる」と、鍋と油を挟んだ「炒める」「揚げる」ですよね。鍋だけなら「煎る」こともできます
直火のみを使う時、火を直接当てれば「焼く」、数cm離せば「炙る」、さらに離して煙だけをあてれば「燻製する」、火が出なくても「乾燥する」と言えるでしょう。
さらに突き詰めると、太陽の6000℃の炎を熱源として1億5000万km離すと「天日干し」になります。
冷却についても温度帯による個性があり、ゼリーを冷蔵庫に入れればぷるんと固まりますし、刺身は常温よりも美味しくいただけます。
これらを冷凍庫に入れればカチカチになりますね。
珍しい例では、北海道の郷土料理に「ルイベ」という-20℃以下で魚を凍らせてそのまま食べる料理もあります。一般家庭の冷凍庫では、せいぜい-10℃前後が限界ですから、業務用でないとこの料理は作れません。
(寄生虫を凍らせて殺す必要があるからです)
さて、ここに新鮮な魚の切り身があるとしましょう。少なくとも11種類の温度変化による加工を試みることができます。
炭火焼きや藁焼きなんかができるならもっとレパートリーが広がります。
③時間変化・化学変化
「一晩以上漬ける」「放置する」など、食材に温度変化や変形を加えずに調理する方法もあり、具体的には、らっきょうの酢漬けや、カビチーズ、しめ鯖、発酵きのこなどがこれにあたります。
より一般化すると、いくらの醤油漬けのように「時間変化」のみを使い、味をしみこませる(醤油の成分をいくらの内部に移動させる)だけのものと、カビや菌・微生物を使って発酵させたり、酸やアルカリを使って接触面を変質させたりするものがあります。
変形や温度調整に比べて、安全に食べるための知識が必要ですが、中には浅漬けのような簡単なものもあります。
問題の答え
さて、そろそろ100万通りのバリエーションが不可能でないことが伝わったのではないでしょうか。では問題を解いてみましょう!
問題
「卵と鯛だけを使って100種の料理を提案せよ」
ここでは赤卵と白卵のような区別は無しとしましょう。
基本調味料は使っても良いものとしましょう。
1章の【異なる料理の盛合せ】と2章の全内容を使って考えてみてください。
どうですか?100個思いつきましたか?
では答えの発表です。
人間の頭では3次元以上の項目を一気に考えるのは難しいです。
そんな時は、次のように図式化してやればずっと考えやすくなります。
これによって大まかに調理方法を決定した後に、さらに変形操作を加えることができないか考えればよいですね。
早速、この図を使って、卵をどのように調理できるか考えてみましょう。
ひとまず11個できましたね。
発展的な知識のある方は、一旦生卵を凍らせてから揚げる「卵の天婦羅」を思いついたかもしれません。
同様にして、鯛の調理も考えてみると
「刺身」「たたき」「干物」「燻製」「つくね」「かまぼこ」「姿蒸し」「唐揚げ」「天婦羅」「ちくわ」「七輪焼き」「塩釜焼」(おおよそ温度の低い順)
まだまだ思いつきそうですが、簡単に12個でてきましたね。
それぞれの料理を掛け合わせてできる料理の数は12 × 12 = 144
100を超えましたね。これで課題クリアです!
「いやいや、生卵なんて使えへんやん」という声が聞こえてきますが、ちょっと醤油と砂糖を溶いて鯛の塩釜焼と合わせれば『鯛の塩釜焼 すき焼き風』なんていう洒落た一品になります。
他にも、「刺身と目玉焼き?」のようなツッコミどころある料理もありそうですが、そこは腕の見せ所。径の小さいセルクルを使って背の高い半熟目玉焼きを作って冷やしておき、そこに刺身を添えて酢と塩で作ったカルパッチョソースをかければそれらしくなりそうです。
創作料理に慣れていない人が、奇抜な料理を実際に作るのは難しいですが、今回は提案するだけなのでまぁ良しとしましょう(笑)
とにかく、少し頭を使うだけで無限大に料理の可能性が広がることが伝わったなら幸いです。
果たして料理人という職業はAIに奪われるでしょうか?
私はそうは思いません。これだけの膨大な情報量から美味しいものを探し出しす勘が人間には備わっているのですから。