旬彩もろきち

料理研究家や料理人、料理を愛する人のために、食の魅力や食文化の知識を発信します。また、飲食店経営のための経営学的知識や、ワンランク上の料理をするための科学的知識もあわせて紹介します。

魅惑のカカオ〜チョコだけでない食材としての顔〜

こんにちは、morokitchです。

今日は大阪鶴見緑地公園にある咲くやこの花館にて開催された「コーヒーとカカオ展」に行って参りました。目的はズバリ太田哲雄さんの「アマゾンカカオのおいしいお話とワークショップ」です。

今回の記事では、日本であまり知られていないカカオについての情報を紹介させていただきます。

さて、太田哲雄さんは、世界一予約の取れないレストラン「エルブジ」で東洋人として初めて厨房に立ったことで知られる腕の立つ越境料理人です。ペルーのアマゾンカカオを日本に輸入し、料理のための食材としてカカオを使う食のパイオニアとしても知られています(著者もありますので詳しく知りたい方は下記リンクをご覧ください)。

 

後日「Backpack FESTA」でカカオ×世界一周のプレゼンテーションで優勝した河野真奈さんの旅の理由である「カカオ農家」についても追記しました(訳あって半分手紙形式になっております)。

 

アマゾンカカオのペルー風オムライス

 

早めに会場に到着したので、ワークショップが始まるまでの30分にワールドトラベラーズカフェでアマゾンカカオのペルー風オムライスを頂きました。というわけで、カカオ紹介の前に少しばかりカカオ料理の食レポを。

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まず、上に散らばっているのはカカオニブ(チョコレートになる前の発酵ローストされたカカオ。後述します)を摘んでみました。ころっとした脆い歯応えが柔らかな卵と合い、赤ワインを口にした時のようなコクのある苦味と酸味を感じます。

続くデミグラスソースは玉ねぎの自然な甘みがしっかり引き出されていました。ワインのシャープな酸味香味は、あえて言語化するなら「丸く縁取りした四角い輪郭」という感じでしょうか???マイルドと角が立つの中間くらいのさじ加減でした。

そして特徴的なカカオ炊き込みご飯。これ単品だとなんとなくチョコ風の香りがする渋みあるご飯という感じ。

これらを卵と一緒に口に入れると、今まで味わったことのないような完全一体感を体験できます。いわゆる私達が食べ慣れたオムライスとは違い、子供ウケする洋風和食とは別の、大人の味です。

素材の味を活かした和食的な食味構成…美味しい!

ちなみに、間に挟まっているスチームチキンは誰にでも愛される味。しっとり火入れされた肉感がありながら、まるでフォン(フレンチの出汁)を飲んでいるかのような快いフレーバーがありました。この香り、どうやって出すんだろうか…?フォンに使われる食材で下味をつけて実験してみたくなりました。

 

食材としてのカカオ

 

さて、それではワークショップの紹介になります!

前半は、チョコレート製造において現れるカカオの中間製品の紹介と試食。後半は太田哲雄さん考案のフォンダンショコラとキャラメルポップコーンの試食がありました。

 

ワークショップ前半部分を要約すると下の図のようになります。

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カカオがチョコレートになるまで


 カカオ採種後の加工の流れは下記の通りです。

 

  1. 発酵:バナナの葉の菌を素に乳酸発酵と酢酸発酵を起こし、カカオの実の味を種まで浸透させる
  2. 天日干しとロースト:加熱することで初めてカカオの香りが立つ
  3. 脱穀:種の皮部分と胚乳の部分(カカオニブ)に分ける
  4. 圧搾:ココアパウダーの素とカカオバターに分離

 

私達が普段口にするチョコレートに至るまで、様々な加工工程が入り、その都度に中間商品も生まれます。乳脂肪分や砂糖を加えられた美味しいチョコレートはそれだけで魅力的ですね。しかし、チョコレートになる前の素材もまた、人の心を惹きつける魅力を持っています。

 

参加者には中間商品の試食が配られました。
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1つずつの特徴や味を紹介します。

  • カカオニブ:先述の通り、赤ワインに似たような強めの酸味と苦味渋みがあります。太田哲雄さんの使うカカオは浅煎りなので苦味は弱く、フルーティーさが際立つ明るい土色をしています。
  • カカオペースト:よくスーパーでカカオ80%のチョコレートなんかが売られていますが、まさにその原料という感じ。甘みは一切なく、純粋なカカオフレーバーを感じます。昔のチョコレート職人であるショコラティエは既製品のチョコを買って溶かしてガナッシュを加えたりという加工をしていたそうですが、最近のショコラティエはカカオペーストから買ってそこに乳脂肪分を足すことでチョコを作るそう。ちなみに乳脂肪分は香りを抑える効果があるのでたくさん入れれば入れるほどカカオの香りが弱められます。ストロベリーやオレンジのようなフレーバーチョコを作る際はカカオの香りを抑えて使うことが多いようです。
  • カカオマス(ココアパウダー):豆腐製造でいうおから的ポジション。脂肪分が一切含まれていないのであっさりしており、水分に対して均一に混ざることから菓子にもよく使われます。あくまで副生成品であるために商品価値は低く、安価なチョコレート菓子などによく用いられています。
  • カカオバター:カカオペーストを圧搾すると油分と固形物(カカオマス)に分離されるのですが、こちらは油分の方。一般的にはアルカリ処理して脱臭された上で食品として利用されるほか、リップクリームなんかにも使われるとか。太田哲雄さんは「せっかくの香りを消してしまうのはもったい」ないということであえて脱臭処理を施さずに製品化されています。ほんのりとチョコを想起する香りがあり、シチューに入れたり焼魚に乗せたりしても美味しそう。
  • ハレア:カカオの実を煮詰めたジャム。カカオの香りというよりはコクが活かされた粘度の高い甘いシロップ。加水して唐揚げにかけるのがオススメだそう。これを仕入れるのはすごく大変らしく、このシロップを作るカカオ農園にはガス水道電気が通っておらず、太田哲雄さんに使える伝書鳩おじさん?(笑)なる人が文通でやりとりしているそうです。土竈で煮詰めるらしいのですがその温度はどれくらいかも分からず、完全に農園のおばあちゃんの経験知に委ねられています。これは中々手に入らないわけだ、すごく希少ですね。
  • カカオ豆の殻:カカオの脱穀後に出てきた豆の皮部分はお湯で出してお茶にしたりします。水出しにすれば油分が浮いてこないので澄んだゼリーを作るのにも使えます。また、皮そのものの食感を活かすために砕いてクッキーやパンに混ぜてもOK。さらに、リラックス効果のある香りを放つので家畜の寝床に置いておくだけで豚や牛が健やかに育つなんていう使い方もあります。商品価値がないとはいえ、用途は様々です。

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こちらの豆殻のお茶、ハッとするほど鋭いチョコレートの香りがしました。

 

さて、写真の紫色でハイライトした食材も紹介しましょう。カカオの仲間に「ビコローレマカンボ」という品種もあります。成分分析によるとカカオよりも旨味が強く、無発酵のまま皮付きで食べられるくらいのポテンシャルを備えています。これをローストして塩するだけで上等なおつまみになりそう…(実際に素材そのままでもおいしかった)。

ただし、こちらは市場に全くと言っていいほど出回らない超希少食材。にも関わらず太田哲雄さんはこマカンボの油脂を抽出してマカンボバターなる商品まで作ってしまわれました。現在、ショコラティエと共に試行錯誤しながら「使い方」を模索しているとのことです。凄まじいパイオニア精神ですね。

 

一通り中間製品の味見をしたところで、カカオペーストにブラウンシュガー(南米では白い精製糖はほとんど使わず黒糖やブラウンシュガーを使うそう)を入れただけのものにお湯を入れていただきました。純度100%のチョコレートドリンクです。

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市販品とは違って乳脂肪分が一切加えられていないため、カカオの香りがダイレクトに鼻腔に刺さります。目の覚めるようなチョコレート感…!!!少し時間を置いて寝かせると、このトガりがマイルドになって風味が変わるそう。素材そのものの良さを追求する姿勢に和に通ずるものを感じました。

チョコレート作りというと複雑で難しいイメージがありますが、このカカオペーストに砂糖と水分(乳脂肪)を追加して固めるだけでできてしまいます(プロ仕様の場合、途中にテンパリングという温度管理が入ります)。

 

カカオを使ったスイーツ

 

最後に、太田哲雄さんの代名詞ともいえる2つのスイーツ「フォンダンショコラ」と「キャラメルポップコーン」をいただきました。f:id:morokitch:20200223170849j:image

フォンダンショコラは、「La casa di tetsuo ota」のある軽井沢の湧水とカカオだけで作られています。固めるための繋ぎは卵のみ。あとは、カカオペーストとカカオマスから作られています。小麦粉を一切使っていないグルテンフリースイーツであるのに加え、超加水料理に分類されます。超加水とは、どの材料よりも水が多い焼き菓子などに使われる言葉です(最近では、極めて優しい舌触りの超加水パンが話題になりました)。太田哲雄さんのフォンダンショコラも水分が多いためか、舌に染み込んでゆくような滑らかな口当たりが好印象でした。「重たい」イメージだったガトーショコラの概念を払拭するような挑戦的な料理でした。

 

もう一方のキャラメルポップコーンは、カリッとしたキャラメルの膜がとても嬉しい。一つ一つ丁寧にカカオ入りキャラメルをつけているのでどこをとっても均一な味わいを楽しめます。

意識せずに次々に食べ進めるのも贅沢ですが、最後に口に残る後味からカカオに想いを馳せるのも乙。先駆けてペルーのアマゾンへ足を運び、究極の美味しさを追い求めた太田哲雄さんの並々ならぬ苦労と熱意が結実した味です。一口あたりの価値の重さが違いますね。
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神秘の植物カカオの栽培

ここではトピックスとして太田哲雄さんのカカオの栽培や発酵工程について紹介します。

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中南米メキシコが原産のカカオは、幹から直接花や実がつく幹生花(カンセイカ)の仲間で、大きく分けてクリオーリョ種、トリニタリオ種、ファラステロ種の3種類に分類できます。そのうちの約99%が栽培種と言われています。現在では交配による品種改良や、1%の野生種を見つけ出すカカオハンターの努力によって世界で60近くの品種が作られています。

カカオは品種改良(継ぎ木や交配)が起こりやすい植物です。近くに異なる品種のカカオを育ててしまうと簡単に交配が起きてしまい、一つの木から緑、赤、黄色の様々な形のカカオの実がなってしまうこともあるそう。そのため、純血な単一種のカカオを栽培するためには木と木の間を数メートル離して育てるとのこと。この不思議なカカオの交配メカニズムは現代科学でも解明されておらず、パティシェや料理人のみならず科学者からも研究対象とされています。

一方で、カカオの花は小さく、その花の中に入り込んで花粉を媒介するのが蚊くらい小さな蜂に限られるために結実するのはわずか数%といわれています。

 

太田哲雄さんが栽培されているカカオは、フルーティな味が特徴のクリオロ種。病気に弱いため国内へは運んでおらず、ペルーの農園で育てられています。

発酵工程がポイントで、太田哲雄さんのカカオ農園では自然発酵方式を採用しているそう。カカオの発酵では、種がたっぷり入る木箱を5.6個並べておき、1日目の箱、2日目の箱…というように毎日毎日種を入れ替えていくのですが、あくまでその箱は雨除けでしかありません。ガスや電気を使った温度管理を一切することなく全てがアマゾンの気まぐれな気候に委ねられます。発酵させる箱の数が5個で済んだり6個必要だったりするのもその時々の気候と種の熟し具合によるのでしょう。

ちなみにペルーではカカオの多くは湿度の高いアマゾンで育てられていますが、クスコのような高地(山側アマゾン)でも一部育てられているそう。マチュピチュや町並みばかりが有名なクスコでも、現地の人にうまくツアーを組んで貰えばアマゾンの一端にふれられるかもしれません。

 

河野真奈さんへ:カカオ農園で働く子供とフェアトレード

 

ここから先は追記分です。2/25開催のBackpack FESTA 2020の世界一周コンテストの決勝戦を聞きに行きました。「私が世界一周する理由」をプレゼンテーションして最も優れたプレゼンをした学生に世界一周航空券が渡されるといった夢のあるイベントです。決勝戦では4人の学生がプレゼンを行いました。

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簡潔に言うと河野さんのプレゼンが最も自分に刺さりました。彼女は、チョコレートを食べるのが大好きなだけでなく、チョコレートの検定やマイスターの試験に合格し、更には他の学生がディズニーやユニバで遊んでいる時間に世界中のカカオ農園に足を運ぶほどのカカオ通。後継者のいなかった齢100歳のショコラティエに弟子入りしてその技術を継いだり、現地農園で働く子供達とチョコレートを作ったりとその活動は止まるところを知りません。

そんな彼女が世界一周をしたいと思う理由が、消費者と生産者のギャップでした。私たちはチョコレートを食べて幸せになりますが、必ずしもそれを作っているカカオ農園の人々が幸せであるとは限りません。プレゼン途中に流れた動画では、カカオ農園で働く子供達をクローズアップしたものでした。早く働けと怒鳴られながらカカオの実を取りに木へ登ったりナタを使って種子を取り出したり、あるいは罰としてスクワットをさせられていたり、彼らはカカオが何になるのか何のためにやっているのかすら教えられていません…「学校へ行きたい」「僕は一生ここで働かなくちゃならないんだ」わずか6歳の子供が涙ながらに語る絵には強烈なメッセージ性がありました。

彼らは当然チョコレートの味を知りません。河野さんは、そんな彼らのもとにチョコレートを運び「あなたたちが作っているチョコレートはこんなに美味しいんだよ」「あなたたちのおかげで世界ではたくさんの人が幸せになっているんだよ」と伝えるのが夢だそう。日本ですら働きがいや生きがいと叫ばれている世の中、彼女は我々から遠い世界の子供達に生きがいを与えて幸せを感じてほしいという確たる想いをプレゼンしました。

 

自分でびっくりしたのですが、それを聞きながら涙が出ました。河野さんの人心掌握がうまかったからであり、私がペルーへ料理修行に行くのと重なったからであり、何より、自分よりも遥かに強いハートと目的意識があったからでしょう。精神的な美しさを目の当たりにした感動に心を揺さぶられたのだと思います。

イベント終了後に登壇者へのメッセージカードを送れたのですが、直後に用事があり頭の中も何をどう書けば伝わるのかまとまりませんでした。正直に「今うまく書けないのでブログから読んでください」なんて書いてしまいました。多分届かないんだろうけど、もしかしたらという思いを込めてここにしたためさせていただきます。

 

河野さん

backpack FESTA世界一周コンテストでの優勝おめでとうございます。先述の通り、プレゼン非常に感動いたしました。

私も河野さんとカカオが好きなように料理が好きで、美食国として有名なペルーの料理を日本へ持ち帰り和食を進化させたいという思いのもと渡秘することになりました。私が河野さんのプレゼンに心打たれたのは河野さんの語る「誰のために」がはっきりしていたからでしょう。もっともっと具体的に誰のために料理を学ぶのか、旅を通して学びたいと感じるようになりました。

メッセージカードに少し書きましたが、太田哲雄さんという料理人兼実業家の方がおります。彼は、最高の食材を求めてペルーのアマゾンへ赴いただけでなく、生産者が正当な利益を得られるようなフェアトレード(チョコレート生産のためにいくらカカオが売れても仲介業者や加工業者に利益を奪われるので第一次生産者は貧しいままである。その不均衡を解消して生産者を豊かにすること)を行っています。きっともうすでにご存知の内容でしょうが、河野さんであれば、子供達にやりがいを与えた上で根本的な問題解決にも取り組むだけの環境が整っていると思います。とにかく、これから数ヶ月は世界一周カカオ農園の旅を楽しんでください。生産者にやる気と生きがいを与える力は河野さんが誰よりも大きいことと思います。心より応援しております。

最後に、私から少しだけ助力できることがあるとすればカカオを使った料理への誘いだと思います。ブログ本文でも述べたように、カカオはチョコレートのみならず料理への利用も進み始めています。〇〇産カカオが〇〇さんのカカオになれば、チョコレートのみならず、料理へのブランディングも大きく進歩するに違いありません。消費者のニーズが倍々に大きくなれば、生産者の潤いも大きくなります。なので、ほんの少しだけカカオ原材料を使った料理に目を向けるのも面白いんじゃないでしょうか?というお誘いです。

きっとこれから、地理的な距離や国の違いの障壁はどんどん小さくなるのでしょう。世界の隅々まで足を運び小さな農家を発信する力を持つ人はそうそうおりません。しかし、知られるべき農家やそれを知りたい人は山ほどいます。私は、料理をする者として河野さんのご活躍に大いに期待しておりますし、ゆくゆく自分に発信力がつけばできる限りの支援もしたいと感じました。

もしこれをお読みいただけたなら幸いです。

頑張ってください。

 

なんかファンレターみたくなってしまいましたね(笑)きっと沢山のメッセージを頂いているでしょうから、このブログが読まれるかは不明です。いずれにせよ、生産者の目線から世界で沢山の笑顔を作ってくるのでしょう。

私自身に足りていなかった「生産者目線」も追加のテーマとして、ペルー料理修行をさらに充実させようと思いました。

 

長くなりましたが今日はここまで。

2/26の夜にアマゾンカカオを使った居酒屋出店をするので、その成果もゆくゆくはリンクとして貼りたいですね。

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では仕込み頑張ります!