旬彩もろきち

料理研究家や料理人、料理を愛する人のために、食の魅力や食文化の知識を発信します。また、飲食店経営のための経営学的知識や、ワンランク上の料理をするための科学的知識もあわせて紹介します。

完全食?謎多き「水で炒るカレー」に秘められた美食術

この記事は少し長めです。キモは科学的知見にありますので、早く読みたい方は「節約と美味しいは両方とれる」「どうやって作るのか」「実際にやってみた」「結果」のみご覧ください

 

 

節約と美味しいは両方とれる

 

特にお金が足りなくなる学生時代。そんな時に真っ先に削る対象は「食費」になりがちですよね。

しかし、米とふりかけだけで創意工夫のない簡素な料理ばかりを食べ続けるのはとても苦痛。安くとも、せめて健康的で美味しい料理が食べられないものか…。

 

今日は食に関する雑記として、とある先輩(Gさん)から教わった節約美食「水で炒るカレー🍛?」のお話をします。

 

 

先日、Gさんと一緒に食事をした際のことです。

 

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もろきち「大学院生にもなるとなかなかバイトも増やせなくて、ペルーの渡航資金をためるためにふりかけご飯ばっかり食べてて凄くしんどかったんですよ」

Gさん「まぁ、節約しようと思ったらそうなるわな」

もろきち「俺としては何より、料理できないってのが苦痛だったんですけどね」

Gさん「料理人のサガやな(笑)」

Gさん「そういえば水で炒るカレー作ってたわ(唐突)」

もろきち「なんですかそれ、『水で炒る』とかいう単語初めて聞きましたよ(笑)」

Gさん「肉で一番安い手羽の肉を削って、骨を水で炒り続けたらカレーを絶品にする最高の出汁がとれんねん」

もろきち「(笑)」

 

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ロジカルシンキングの終着点

 

ネタみたいな話でしたが、よくよくGさんの話を聞くと、このカレーが生まれるに至った経緯は非常に合理的かつ論理的でした(Gさん頭いい人だからなぁ)。

では、水で炒るカレーのポイントをGさん風関西弁で確認してみましょう。

 

①「まず一番安上がりな主食を考えなあかんと。米・パン・麺の内で一番安いのは米やろ?」

間違いない。日本において【単位当たりの価格】に対して最も【摂取できるカロリー】が高いのは米です。しかも、米は主食の中で最もミネラルやビタミンが豊富で、とりあえず米を食べてさえいれば死にはしないといわれるほどで、栄養学的にみても最善手です。

 

②「そんで一番ご飯が進むおかずを考えた時に、一口でたくさんご飯が食べれるのはカレーで間違いないやろ。市販のルーはちょっと高いかもしらんけど、少しずつ使うから結構持つ」

なるほど、一食あたりの量をケチればカレーも低単価で済む(笑)

確かに、ルーをティースプーン一杯でもご飯一口くらいは余裕で食べられますよね。

加えて、冷蔵保存可能という点も時間節約に繋がりそうです。

 

③「でもさすがに毎日同じやと飽きるから、一番安くて旨いカレーを探求してん。それで到達したのが、肉で一番安い手羽の骨で出汁をとったカレー。」

それで、骨を水で炒るんですね。どうやるんですか?と笑いながら聞くと

「フライパンに水を少し入れて延々と炒って、旨味をこそげながら、水が無くなったらまた少し足すんや!」

とのこと。考えただけでもしんどそう…(笑)

 

さて、その一方で栄養バランスはどうでしょう?

米だけでビタミンミネラルが摂取できることは先述の通りですが、実はこれだけだと必須アミノ酸の『リジン』が摂取できません。

果たして意図してか、それともGさんの本能がそうさせたのか、手羽元にはリジンが豊富に含まれています。なんと「水で炒るカレー」は完全食になってしまいました。

 

①〜③より『手羽を使ったカレーライスを延々と食べ続ける』のが、最安かつ精神衛生と健康を保ちながら貧乏学生生活を生き延びるための最適解ということになります。

 

どうやって作るのか

 

先輩はこの結論に達するまでカレーをひたすら食べ続けたそうです(笑)

米を炊き、セールの野菜やおつとめ品を買い漁り日々少しでも食の喜びを見出そうとアレンジを加えていたのでしょう……

そんな中、彼が到達したもっとも美味しいカレーが「水で炒るカレー🍛」

レシピをまとめると下記の通りです。

 

  1. (セールか値引後の)手羽先または手羽元の安い方を買う
  2. 肉をこそげ取り、骨をフライパンに入れてこげない程度に水を入れてひたすら炒り続ける
  3. 水がなくなりかけたら随時足して鍋肌から旨味をこそげ取ってひたすら炒る
  4. 骨から旨味が充分とれたら水と肉(あれば野菜)を加えてカレー粉を入れる
  5. しばらく煮て完成

 

料理人の手直し

 

さてさて、ここから実験。

化学者兼料理人の私からすると、「水で炒る」という行為ほど矛盾したものはありません。

 

炒る、というのは数百度以上の高温に食材をさらして加熱するという意味です。

一方で、フライパンの上に水があると、水がフライパンの熱を奪って蒸発する(炎のエネルギーが水の蒸発に必要なエネルギーに変換される)ため、フライパン表面の温度は水の沸点である100℃以上に上昇することはないのです。

 

つまり「先輩はわざわざ台所につきっきりで何十分も骨を炒り続けなくとも、多めの水に骨を放り込んで茹でれば良かったのでは?」ということが言えます。

 

いや、もしかしたら、「水で炒る」ことによるなにがしかの変化があるのかもしれない…

こうなったら比べてみるしかありません!

 

実際にやってみた

 

3通りのカレーを作ってみました。

 

A:Gさん仕込み骨を水で炒るカレー

B:たっぷりの水で骨を煮たカレー

C:骨を使わないカレー

 

Aの骨を炒り続けている間、Bはその隣で茹で続けます。

15分経ったらルーを入れて仕上げ。

(Cは熱湯で肉に火を通し、ルーを入れるだけ)

 

結果 

始めて5分で意味が解りました。

Bからは「大量のアク」が発生したのです。

一方でAはそんな様子もなく、最後までアクが目に見えることはありませんでした。

 

つまり、水で炒るカレーの正体は「目立たないアク入りカレー」だったのです。

 

実はこれ、インド料理では一般的なものです。

インドカレーは、必ずと言って良いほど「むね肉を沸騰するカレーに入れて強火でアクを取らずに煮続ける(しばらくするとアクは消える)」という工程を挟みます。

 

ちょっと科学的な話になりますが、アクとは本来、肉に含まれた無害なタンパク質です。

タンパク質は複雑な構造をしていて、弱い結合で自身を折り畳むことで水に溶ける状態を保っています。そこに熱が加えられると、弱い結合か一瞬だけほどけて、本来とは違う折れたたまり方をしてしまい、水に溶けなくなります。

私達は、この水に不溶になってしまったタンパク質をアクと呼んでいます。

 

つまり、アクとは本来気にせず食べられるタンパク質が水に溶けなくなっただけのものなのです。

 

インド方式のように、アクも長時間煮込めば、またもとの折れ畳まり方に戻ったり、あるいはアミノ酸に分解されて溶けたりします。

 

日本では、アクが出たら見栄えが悪いという理由で、ただちにすくって捨ててしまいますよね。

つまり「少量の水で炒る」という行為をしていればアクが目に見えて現れず、見栄えを阻害しないので捨てずに済みます。その結果、インドカレーのように、タンパク質とアミノ酸のたっぷり入った、旨味成分の濃いカレーが出来上がるのです!

 

 

 

実食

できました。

左から順にC(工夫なし)・A(水で炒る)・B(茹でる)です

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 水で茹でたBはがっつりアクが浮いていてちょっと見た目が悪いです。

一方でC・Aはさらさら。

 

注目の味ですが、一番左のCが最下位。

骨からの旨味が出ていないからまあ当然でしょう。

AとBについては…

 

一緒…?

 

Bの舌ざわりがイマイチなのを除けば同点くらいでした。

 

まとめ

結論として

「『水で炒るカレー』は、見た目を美しく保ちつつ骨から出汁を取るカレー」

ということになりそうです。

 

私の知る限り、骨から出汁を取るインドカレーは一般的ではありません。

もしかすると、水で炒る手羽カレーは、旨味をとりこぼさないインドカレーの上位互換なのでは?という発見が得られました。

 

ふつうは、「水で炒るとか科学的に無駄だしやってみるまでもない」となりますが、実験してみて初めて気づくこともあります。

今回たまたまブログのネタ用にやってみたに過ぎませんが、「見た目の美しさ」と「旨味の追求」を両立できる手法に出会えたので非常に満足です(笑)

 

超暇なときに、皆さんも「水で炒って」みてはいかがでしょうか?