旬彩もろきち

料理研究家や料理人、料理を愛する人のために、食の魅力や食文化の知識を発信します。また、飲食店経営のための経営学的知識や、ワンランク上の料理をするための科学的知識もあわせて紹介します。

ペルーへ旅するストーリー『荒井商店』にて

2019年7月 ペルー料理屋『荒井商店』を訪問

 

荒井商店に行く理由

 

私がペルーでの料理修行を決意したきっかけについても記事を書いておこうと思います。 

 

ペルー料理に興味を持ち始めてから3週間。

「今すぐにでもペルーを感じたい!」

 

ペルーに関する情報をネットで調べに調べ、行きたいと思う店に出会いました。

『荒井商店』に足を運んだ理由は三つあります

 

  1. ペルーでの料理修行のやり方を聞けそう
  2. 日本で初めてペルー料理本を出した人の本格料理が食べられる
  3. 内定先企業から近く、研修がてらに行けば交通費がかからずに済む

 

3つ目の理由は貧乏学生ならではでしょうか(笑)

関西に住んでいながらこの付近に内定できたのは幸運でした。

(レストランに行くために往復交通費2万円強はしんどい…!) 

 

さて、本題に戻りましょう。

とにかく、『荒井商店』の店長さんがすごい人だったのです。

ざっくり経歴をまとめると以下のような感じです。

 

  • フレンチレストラン『オテル・ドゥ・ミクニ』で料理修行
  • 『魅力のメキシコ料理』の影響を受けて渡秘を決意
  • ペルーで武者修行
  • 帰国後に『荒井商店』を開業
  • 『ちょいラテンごはん』と『荒井商店のペルー料理』を編纂

 

特に、ペルーでの武者修行が濃いんです…!

知り合いのラテン人の紹介をうけ渡秘(ペルーは漢字で書くと秘露。渡米みたいな意味です)し、スペイン語もままならないまま始めた最初の仕事は、孤児院での料理人。

子供から、生命維持のための「必要の食」を感じ、簡単なスペイン語を学び、その後レストランでも修行。

さらに、日本の3.4倍もの広さを持つペルーの各地を旅して、郷土料理や食材に触れる…

 

この異色の経歴が、スケールは小さくなるものの、私のこれからの経験に重なりました。

 

「きっとこの人から学べることがたくさんあるはずだ!」

 

この確信とともに「ペルーで生活するうえで気を付けることは?どこにどんな料理があるか?市場の様子はどうか?ツテを貸してもらえないか?…」たくさん聞きたいことが込み上げてきた感覚を今でもはっきり思い出せます。

 

そして、ペルー料理の本『荒井商店のペルー料理』

「この人から学べ」という説得力のある一冊です。

今では、基本的なペルー料理なら自力で作れるようになりましたが、はじめはこの本をバイブルにしてペルー料理を勉強していました。

噂によると元々文学部に在籍してらっしゃったようで、食材や土地の描写が鮮明です


日本で初めてペルー料理本を出した人からペルーでの武者修行のやり方を聞ければこれほど幸せなことはない!
(しかも内定先企業が交通費を出してくれるなら行くしかない!)

 

内定者研修のあった7月に満を持して東京へ向かいました(研修はもはやおまけ…?)

 

本格ペルー料理と初対面

 

行列のできる料理屋ということで、開店直後を見計らって新橋の店に向かいました。

ランチタイムは1000円前後で日替わりペルー料理を食べられるのでかなりお得。看板を見ると、今日のメニューはペルーの家庭料理であるパスタと鳥料理。

ミシュランガイドのビブグルマン(食いしん坊という意味)に掲載されているだけあって、安価に上質な料理を楽しめそうです。

 

席について鳥料理をオーダー。

お冷に次いで、すぐにサラダをサーブしていただきました。

 

ドレッシングはレモンマリネ液を使ったペルー風のもの。細かく切った赤と黄色のペルー唐辛子が色鮮やかに、香り付けに刻んだパクチーも加えられていました。

パクチーはにおいがきつくて苦手なイメージがあったのですが、細かく刻まれた葉が絶妙な配合で混ぜられており、苦手意識があったはずのパクチーそのものに「美食」を感じられました。

 

 

まさか、サラダだけでこんなに感動するとは。

そしてメイン料理。

 

初めて口にしたペルー料理はArroz con pollo(アロス・コン・ポジョ)という鳥の炊き込みご飯。直訳すると「ご飯と鳥」

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コリアンダーソースを塗ってカリっと焼き上げた鶏肉、本で見たペルーの紫のオリーブ、正解の分からなかった本格サルサの味のバランス、ペルーの唐辛子を使った黄色いアヒソース、魅力的に見える盛り付け方と色使い…。

 

ずっと知りたかったペルーの味。

まるで魔法にかかったかのように完食しました。

 

気づけば外に列ができていて、今話を聞くのは難しそう。

お会計を済ませながら「店長さんに渡したいものがあるのでこの後戻ってきてもいいですか?」

さすがの店員さんもびっくりしていましたが、これまでに似たような事があったのか、わかりましたと会釈。

(こうして振り返ると、我ながら怪しい人に見えたかもしれないなぁと感じます。。。)

  

渾身のメモ帳

  

近くの公園の石段に座ってメモ帳のページを破り、一心不乱に

「初めまして、突然そまつなお手紙をお渡しして申し訳ありません。私は京都で料理を学んでおり、来年春にペルーに料理修行に行こうと考えています……」

 

 と手紙を書き始めました。

 

「……明日のお昼にまた食べに行きます。もしよろしければ夜営業までの空き時間にお話を聞かせてください」

 

書き上げたメモ帳の切れ端を握りしめて再び荒井商店へ。

こういう拠り所のない取材の申し込みは人生で初めてで、気分は『千と千尋の神隠し』で湯婆婆に「ここで働かせてください!」という千尋のよう。すごく緊張しました。

 

手早く料理を作る店長を前に、早口で自己紹介して手紙を渡しました。その後は何を喋ったっけ…?

「また明日食べにきます」

と伝えたのだけは覚えています。

 

帰り際に見た店内は、賑やかに楽しむお客さんと美味しいペルー料理の香りでいっぱいでした。

 

土曜限定のランチコース

 

その日の夜には私のメールアドレスに取材快諾の連絡が。身元も分からない男のためにわざわざ時間を割いてくれる懐の広さに感謝しながら、翌日また荒井商店へ。

 

土曜のランチタイムのみ夜メニューをコース形式で注文できるらしく、同席してもらった友人と共に、セビーチェ(刺身カルパッチョのような料理)と、ロモサルタード(中華風ペルー料理の代表である、牛肉の炒め物)に加え、アヒデガジーナ(唐辛子ベースの黄色いシチュー)を注文。

 

美味しい。美味しすぎる…写真は撮り忘れた…

上記の料理に関しては自己流アレンジしたレシピを後日投稿します。

→ロモサルタード投稿しました!

morokitch.hatenablog.com

 

 

本の真似して作るのとはまた違う味。高く火柱を上げながら中華鍋でロモサルタードを炒める後ろ姿がその理由を物語っているようでした。

 

そこから、ランチ終了まで時間を潰し、cerrado(closed)の札のさがったドアをノック。

「お待ちしておりました」

とお声かけ頂き、静かな客席へ。

少ししてから店長の荒井隆宏さんと対面しました。

 

荒井隆宏さんに聞くペルーのリアル

 

私は怪しい者ではないと、ゆっくり自己紹介をしたのちに「ペルー料理を学ぶために来年春に渡秘しようと思っています」と伝えました。

こちらの思いが伝わってか、ペルーの事情についてたくさん話しをいただきました。

 

2004年の武者修行後に『荒井商店』を開業して以来、何度もペルーへ渡っているらしく、情報はどれも具体的で濃密。

ある程度勉強をしていたつもりでしたが、あれもこれも初めて聞くような内容ばかりでした。

 

例えば、赤道付近のペルー西海岸では暖流と寒流がぶつかっていてニシキエビやカツオ、ホタテなどの新鮮な魚介類がたくさん水揚げされ、特にコンチャネグラという貝のセビーチェは非常に美味しいとか、

アマゾンジャングルの玄関口であるイキトス市へ向かうには船が一般的だが、乗組人数がいっぱいになるまで出港しないらしく、結局ハンモックを買って3日間船の中で待つ羽目になったとか、

ご飯に亀の卵と醤油をかけて混ぜただけの卵かけご飯が非常に美味しかったとか、唐辛子の種類が土地によって沢山あるとか、アマゾンで食べたリクガメの料理に和食の技法を見つけたとか……

 

ペルー各地の土地名やそれぞれの気候や特産品を、スラスラ暗唱するかのように教えて頂き、目からウロコ。。。

全く勉強が足りていなかったと痛感しました。

 

Diccionario

 

最後に

「向こうで修行できる店を探しているんですが、どこか紹介していただけませんか?」

と聞くと

「それを聞かれると思ってましたよ。僕からいくつか紹介出来るけど、自分で探してみる方がいいと思いますよ。どうしますか」

とのお答え。

 

現地に足を着けて旅した身だからこそ言える言葉だと感じ「自分でやる旅だ。敢えて自分で活路を開いていこう」と決意しました。

 

最後に「よかったらこれを」と差し出していただいたのは、辞書という意味のスペイン語『Diccionario』と銘打たれた一冊の本。

 

荒井さんがペルーで出会った食材が写真付きで厨房で使うスペイン語と共に載せられており、各地で出会った郷土料理のレシピや渡り歩いた土地がどんな場所だったかが丁寧にまとめられています。

 

これは荒井隆宏さんが自身で編纂された本で、世界に2冊しかないそうです。

そのうちの1冊を、なんと貸して頂けたのです…!

 

お話頂いた30分強の中で、荒井さんから頂けたものの量は計り知れないものとなりました。

感謝してもしきれないとは、こういう時のための言葉なんでしょう。

 

「今日は本当にありがとうございました!次はディナーのコースをいただきに参ります!」

握手を交わしてお店を後にする頃には、なんだか今までとは違う自分のような感覚でした。

 

必ずや、私のペルー修行、成功させようと心に決めました…!

 

記事中で紹介した『荒井商店のペルー料理』には139の章に渡り、食材の説明や料理のレシピとコツ、背景などが写真付きで書かれています。他のペルー料理屋さんに行っても「荒井さんの本なら私も持ってますよ」と笑いながら言う方の多いこと多いこと。現地の人からもお墨付きをもらうほどの作品です。

興味のある方は購入ご検討あれ!